博士課程について. 博士課程1年生が実際に進学してみて思うこと

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私は今地方国立大学の博士課程1年で, 工学の中の制御関係の研究をして生活しています.
同じ大学の同じ研究室で修士課程を修了し, 博士課程に進学しました.
修士課程時代は博士課程に進学しようか, かなり迷い, M1の12月まで就活をしていました.
この時期に悩む人もいると思い, 博士課程について書いて今思っていることを書いてみようと思います.(12月に書き始めたが気づいたら2月になってしまった.)
基本的に自分語りになってしまいますが、進路に迷っている方の参考に少しでもなればうれしいです。

なぜ博士課程に進学しようと思ったのか

自分が博士課程に進学しようと決めた理由を3つ(+α)に分けて説明します.

好奇心

一番大きな理由は好奇心でした.
「もっと専門である制御理論や力学を理解したい!」と強く思っていました.
特に, 制御理論は人が作ったにしてはできすぎています. そしてその理論が理解できたときに感じる感動は, 何物にも代えがたく, 貴重で, 人生の中で何度も経験できるものではないと感じました.
「これ作った人、考えた人、天才だろ」と感じることが心の底から楽しく, また感動的で涙すら出ることが多々ありました. 「もっとこの経験がしたい!」そう強く思ったことが, 博士課程進学を視野に入れた理由でした.

なりたい姿

就職活動をしていると, 数年後, 数十年後になりたい姿を考える機会が度々あります.
その時に思ったなりたい姿は次のようなものでした.
・グラフや結果を見て, 何が起きているのかを考え, 多くの情報を読み取れる人. またそこから複数の解決策を提案できる人.
・問題に対して場当たり的な対処法をこなすのでなく, 裏の理論や仕組みを考えて理解してから行動, または提案できる人.
・運動方程式をパッと見て,「この項はこの力で, この項はあの力を記述しているな, であればこの力が抜けている」と力学を理解して運動現象を考えられる人

博士課程に進学するよりも就職したほうが、上記のような「なりたい姿」に近づけるとは、どうしても思えなかったです.
選択肢としてそれ以外もあると思いますが, 当時の自分としてはこのなりたい姿になれる道はどちらかを考えたことが博士課程進学を決意する理由になりました.

基本的な体力

仕事をする際に基本的な体力があると思います.
集中力や発想力や, 論理的思考力, また説明力や説得力など.
博士課程の研究活動を通じてこれらの力がより一層高められると感じました.
最も欲しかった力は体力でした.
10時間以上認知負荷のかかる活動を, 平気でしていられる力を欲しいと思っていました.
そのような体力を養うことができれば, 人生で他にやりたいことができた際に手を出しやすくなる.結果的に人生を通して体験できるこるとが多くなり, 人生の質をあげてくれると思いました.

その他

・普段の生活の中で, 「気になっていた本を読もうか、それともYouTubeを見ようか」と迷うことがあるります. そうした誘惑に直面したとき, 「自分は博士号を目指しているのだから」と思うことで踏みとどまれる瞬間があります. また, 朝なかなか起きられないときでも, 博士課程に進むために差し出してきたお金, 時間, そして労力を思い返すことで, 体を起こせることがあります.

さらに, 将来博士号を取得した際に, 身の回りの人から日常的なテクノロジーや技術について質問される場面を想像すると, それらの仕組みや原理そのものに自然と関心が向くようになるのです.

このように, 博士号を目指すという意識は研究だけでなく, 私生活の態度や思考にも影響を及ぼします.「博士号を目指している自分」という自己イメージを持つことで, 日々の生活の質そのものが変わると考え、博士課程への進学をきめました.

・このように進学理由をつらつらと書いていくと、博士課程への進学は、デメリットよりもメリットが大きいと判断した結果である、という印象を与えるかもしれないです.
しかし私自身は、「報われるから行う」のではなく、「それをやっていなければ生きていけない」と感じる行為に身を置く生き方に強い憧れを抱いてきました. 効率やコスパ, タイパのみを重視する人生にはしたくない気持ちがありました.
例えば芥川賞作家の中には, 10年, 20年と新人賞に応募し続ける人がいます. そのような生活に少し憧れがありました. お金のような人工的な報酬よりも, 自分が心の底から興味を持てることに時間を使いたい. そう感じたため, あと少しだけ研究を続けてみようと思いました.

進学前に抱いていた不安と、実際どうだったか

不安

進学前に抱いていた不安の大部分は孤独感でした.
同期が就職して会う機会が激減し, 心の底から共感できる友達が少なくなることが不安でした.
自分は孤独の中で, 研究できるのだろうかと.

また, 成果を出せるだろうかという不安もありました.
論文を3年で, 修了要件分書けずに, オーバードクターする可能性もあります.


実際

進学して1年がそろそろ経ちますが, 孤独に関しては問題なかったです.
優秀な後輩と研究について話す時間や, 指導教員との議論の時間はその孤独感を埋めてくれました.
また, 趣味の時間を意識的に持つようにしたのもよかったと思います.

成果に関しては, まだ不安なこともあります.
実際にまだ修了要件を満たせていません. しかし3年は思ったよりも長いです.
そして, B4,M1,M2の3年よりも研究に対する理解や専門知識は多いため, 過去の三年よりも早く成果を出せる実感はあんです.
そのためか, 研究している時間は安心できます. この安心感を求め研究し, 地道に研究することで知識や技術を高めると健康的なのかもしれないと思います.


博士課程に進学して見えた“良い面”

いい面は, 貴重な経験が積めることだと思います.
例えば, 年に1度以上は海外に行って学会発表を行ったり, 短期間ではあるが, 海外の大学に滞在することもできます.
(自分は大学による博士課程支援制度により, 1か月だけですが, ドイツの大学で研究できることになった. ほかにも6か月,1年と留学していく人がたくさんいます.)
なかには, 高専で非常勤の講師を経験できる人や, 企業の研究をリサーチアシスタントととしてお金をもらいながら経験できる人もいます.
そして博士課程になって, 外部とのやり取りが増えた印象があります.
研究テーマは修士課程と変わりませんが, 他に興味のある研究があれば積極的に手を挙げて関わることもできます. 関わればその知識や技術を得るだけにとどまらず, 論文も書けます.
こんなことをする余裕は修士課程にはありませんでした.(なぜなら2年のうち半分は大学院の講義と就活で忙しいため.)

そしてこれは, 博士課程に進学しなくてもひょっとしたらできるようになっていたかもしれませんが,
ある理論や工夫を聞いたとき, 「自分の研究テーマだったらここで使えそう. そうしたらこんな成果が出て, この学会で発表できそうだな. だいたい1か月もあればいけそうだな. 」と今まで指導教員に言われてきた研究の方向を自分で生成できるようになった実感があります.
これは, 修士課程で期待していた能力(なりたい姿の一つ)でもあります. こうなると, 試したいことがたくさんできてきて研究が一段と楽しくなります.

正直に言うと、きついところ

他の博士の大学院生や, 同じ年の社会人と比較して, 自分の技術や知識はどの程度の立ち位置なのだろうかと気になることがあります.
研究室という狭い環境で「井の中の蛙」状態になっていないか, と少し不安になります.
学会に参加したり, 社会人の友人の話を聞いたりしてできる限り外を見ようともしています.
しかし心配は消えません.

であれば, 今を全力で生きるしかないと思いなおすことにしました. 
全力で技術や知識を身につければ, 仮に修了後に, 「井の中の蛙だったな」と感じても後悔はないと思います. その場合きっと修士で社会人になっても, 同じ結果(あるいは, もっとひどい状態)になっていただろうと考えることができるからです.

過去の自分に言いたいこと(迷っている人へ)

修士課程のときには, 博士課程に進学するかどうかは人生を決める決断に思えました.
しかし30代, 40代, 50代になって振り返った時に, たった3年間の生活は思ったよりも短く「ああ, こんなこともあったな」と思う程度なのかもしれないです.
あと75年くらい生きるとしても3年間はたった4%に過ぎません.
それくらい自分の好きなことに使ってもいいように思えないでしょうか.

企業の中には, 3年間で博士号をとれずに就活する人材も同様に評価するところあると聞きます.
例えば、D3の年で就職するとして, 給与は入社3年目と同じようにする, などのケースです.
そういったケースを耳にすると, 仮に今研究していて, 運悪くジャーナルをかけずに博士課程を3年で修了できなかったとしても, すべてが無駄ではないと思えます.

まとめ

今回は完全な個人的な感想を書いてみました.
もし質問等あった際はコメントして頂ければと思います.

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